旅する器企画、今回は久しぶりの開催となる「みかわち焼の豆皿市」です。目指したのは旅先で素敵な器を見つけて、少しずつお家に持ち帰るイメージ。色々な場所に行く度に、その土地の空気や文化が息づいた宝物のような食器が自宅に集まってくる。実際に旅行に行くと、割れ物に気を使ったり、重量の関係で予想以上に手間になってしまうものですが、オンラインで擬似体験できるなら、そんな素敵なことはないと思ったのが始まりです。
豆皿市には9つの窯元から個性あふれる絵柄の豆皿が集まりました。緻密に繊細に描かれた絵付けは、まるで一枚の絵のような美しさがあり、毎日の食卓を彩ります。気軽に買えるのでついつい増えてしまいがちな豆皿ですが、お土産を探すようにじっくりと選んだ一枚は、きっと旅の思い出を切り取った器と同じくらい愛着がわく存在になっていきます。
01 — The Place
長崎県佐世保市は長崎県の北部に位置し、人口約25万人。この町には、水産業、造船業、そして米海軍基地など、この街ならではのさまざまな文化が育まれてきました。近年は、ハウステンボスや黒島天主堂、佐世保バーガーなどもクローズアップされ、佐世保の魅力として注目されています。
photo:大川裕弘
その街で、400年の歴史を誇るやきものがみかわち焼。透けるように白く薄い磁肌に、呉須の藍色だけで唐子や山水、草花を描き出す染付は、精緻でありながらどこか愛らしく、贈りものや献上品として時の権力者たちにも重宝されてきました。その長い歴史を知る上で3つのキーワードがあります。
01 — 朝鮮陶工
16世紀末に豊臣秀吉が行った朝鮮出兵において、「文禄・慶長の役」に加わった大名らが半島から連れ帰った陶工たちにより、九州各地にはさまざまな窯場が誕生しました。平戸藩では、領主・松浦鎮信が連れ帰った巨関が、中野(現在の長崎県平戸市)に窯を築いたのが、現在のみかわち焼のルーツの一つなのだそうです。
02 — 御用窯
三川内地区の東窯と西窯は御用窯として、藩主松浦家や諸大名への贈答品の器を焼きました。これにより高い技術が保護され、職人が育成されてきました。この技術が3つ目のキーワード、「輸出」につながります。
03 — 輸出
17世紀後半から、みかわち焼は海外への輸出品を盛んに焼いてきましたが、間もなくして中国がヨーロッパ市場のメインとなります。それからしばらくの間特に民窯では浮き沈みがありましたが、江戸時代後期、文化元年頃に再び輸出が始まります。それは、江戸時代の日本人には馴染みのなかったコーヒー碗でした。「透かし彫り」や「エッグシェル(卵の殻ように軽く薄く作られた磁器)」などのみかわち焼の技術は瞬く間にヨーロッパで高い評価を得たのだそうです。
photo:大川裕弘
国内では、大正・昭和時代に、皇室の日常食器に採用されたほか、富裕層や高級旅館に向けた食器や、染付で唐子が描かれた和食器などが知られていきました。開窯からおよそ400年。江戸時代から明治・大正・昭和を通して続く手間をかける精神は現代でも受け継がれています。
02 — Characteristics
今回の豆皿市に集まった器にも使われている、みかわち焼ならではの技法をご紹介します。手間を惜しまず一枚ずつ描き分けられる染付、江戸の昔から愛されてきた唐子の意匠、塗り重ねて立体感を生み出す置き上げ、そして赤や金を重ねる赤絵・染錦。小さな豆皿の中にも、その技術は息づいています。
染付(そめつけ)
素焼きの白地に、藍色の絵の具・呉須(ごす)を含ませた筆で文様を描き、着色する技法です。輪郭を描く「骨描き」のあと、専用の濃み筆にたっぷりと呉須を含ませ、器の表面に注ぐように色を染み込ませる「濃み」という工程で仕上げられます。
みかわち焼の染付は「一枚の絵のような」と評されることがあります。多くのやきものでは、同じ絵柄を繰り返し描くうちに省略や変形が起こり、文様として定型化していきますが、みかわち焼はその変形を経ることなく、いまも絵画を描くように一筆一筆を運び続けています。濃みの濃淡で立体感や遠近感を表現する絵画的な手法や、有田の「しぼり濃み」とは異なり、筆を固定し器を動かしながら呉須を滲ませる「流し濃み」も、みかわち焼ならではの特徴です。
唐子(からこ)
中国風の服装や髪型をした子どもの姿を描く「唐子」は、みかわち焼で最も知られたモチーフです。多くの男児に恵まれることが幸福の象徴とされた中国の意匠にルーツを持ち、三川内では寛文年間(1661年ころ)、御用窯の絵師・田中与兵衛尚俊が明の染付から着想し考案したと伝わっています。
松の下で蝶と戯れる唐子や、口縁に輪宝文を連ね松・太湖石・牡丹をあしらった様式など、時代とともに描き方は変化してきました。唐子の人数は1人、3人、5人、7人と奇数で描かれることがほとんど。明治以降は絵師によって表情や姿に個性が加えられ、現在も親しみやすい唐子像が描かれ続けています。
置き上げ(おきあげ)
絵柄を器と同じ土を溶いたもので塗り重ね、立体的に盛り上げてつくる技法。乾き切る前に針で段差をつけて仕上げることで、硬い磁器の表面に柔らかな布を重ねたような滑らかな線と面が現れます。明治時代に完成し、大正・昭和初期の壺や鉢に多く見られました。
今回の豆皿市でも、鶴などの意匠にこの技法が用いられています。
赤絵・染錦(あかえ・そめにしき)
染付を施した器を本焼き(1300度前後)した後、赤や緑、黄色、金で絵付けをして低火度で焼き付ける技法です。みかわち焼はもともと染付が中心でしたが、江戸末期から明治にかけて輸出が盛んになると、赤絵や金彩を加えた「染錦」も手がけられるようになりました。
その他の技法
このほかにも、光を通すほど薄く仕上げる「薄づくり(うすづくり)」、器面をくり抜いて模様を描く「透かし彫り(すかしぼり)」、菊の花びらを一枚ずつ起こしてつくる「菊花飾細工(きっかしょくざいく)」、龍や獅子などを写実的に象る「手捻り(てびねり)」といった技法があります。今回の豆皿には使われていませんが、いずれもみかわち焼の奥深さを物語る技術です。
03 — The Kilns
豆皿市には9つの窯元から、個性あふれる絵柄の豆皿が集まりました。ここでは、五十音順にそれぞれの窯元の特徴をご紹介します。
嘉久正窯(かくしょうがま)
平戸藩御用窯の創立に力を尽くした中里茂右ヱ門を祖とする、350年続く窯元です。藩御用窯として技術を磨き、みかわち焼を代表する伝統技法のひとつ、手描きの染付(青華)を継承してきました。
確かな線を重ねる、上品で繊細、淡く柔らかな染付が特徴。パターン化せず「一枚の絵」のように描く伝統を受け継ぎながら、新しいデザインにも意欲的に取り組んでいます。
嘉泉窯(かせんがま)
創業は安土桃山時代。平戸藩御用窯を経て、現当主・金氏葉子は十五代目にあたります。みかわち焼らしい繊細緻密な手描きをベースに、献上品として描かれてきた唐子など幅広い作品を手がけています。
オリジナルブランドの開発にも積極的で、もてなしや日常使いの場面にとけこむうつわづくりを続けてきました。みかわち焼ならではの白さや薄さを活かした器で、九州磁器の源流を感じさせます。
啓祥窯(けいしょうがま)
みかわち焼の始祖・今村如猿を祖とし、代々御用窯の御細工所に出仕してきた窯元です。その染付手描きを継承しつつ、磁器と陶器を組み合わせたうつわを完成させました。
藍一色の世界のなかで、迷いのない力強い骨描きや「浮かせ濃み」などの技術を駆使し、装飾品から日常の器まで幅広く制作。いきいきとした線で唐子の表情を描き分ける力量は圧巻で、草花や動物、抽象文様も華やかに描かれています。
光雲窯(こううんがま)
陶祖神として祀られる今村如猿(弥次兵衛)以来、連綿と続いてきた三川内の白磁づくり。その後裔として新たに開いた光雲窯は、現当主・今村隆光で十四代目にあたります。
巧みな筆づかいで描く古典的な山水や獅子、龍。鯨の文化が息づく長崎らしい鯨のモチーフ。そして数十年ぶりに再現した「置き上げ」。この窯元ならではの技術が、ひと目でわかる独自の器を生み出しています。
陶房義窯(とうぼうぎよう)
幕末に一世を風靡したのは、輸出向けの赤絵の洋食器でした。染付を行った上で赤や緑、金銀を加える「染錦」を得意とする窯元です。
有田焼、伊万里焼、波佐見焼など肥前地区の磁器デザインも手がけてきた経歴を生かし、改めてみかわち焼らしさを追求。本来は染付で描く部分を赤絵にするなど、スピード感のあるタッチと明快な絵柄が目を惹きます。
平戸嘉祥窯(ひらどかしょうがま)
割烹食器を中心に、伝統的な染付や染錦、土物まで磁器から陶器まで幅広く手がけてきた窯元です。近年は、一般家庭の食卓に向けた日用食器の開発にも力を入れています。
伝統にとらわれず、新しい土や釉薬、デザインを取り入れ「ひとひねりした形状」を追求。磁器でありながら陶器のような見た目や手触りを持ち、和食にも洋食にも使える丈夫さを意識したうつわが、使われる場を引き立てます。
平戸洸祥団右ヱ門窯(ひらどこうしょうだんうえもんがま)
平戸藩御用窯の創立時の陶工のひとり、高麗媼(中里エイ)の直系にあたる窯元です。現当主・中里太陽は十八代目。天草陶石を使い、白磁に青色で描く染付を主体に制作しています。
菊花飾の細工を用いた装飾品のほか、蕪の絵柄を代表とする日用食器も多数制作。蕪絵は、平戸藩主・松浦隆信公が子孫繁栄を願って蕪づくりを推奨したことに由来する、この窯に伝わる伝統的な絵柄です。
平戸松山(ひらどしょうざん)
三川内天満宮に祀られる「高麗媼」を祖先とし、その流れを今に引き継ぐ窯元です。江戸時代以来、みかわち焼を代表する唐子の器をつくり続けてきました。
唐子絵、祥瑞文様、唐草文様などを描きながら、伝統的な「献上唐子」と、現代に受け入れられる「創作唐子」の両方に挑戦。細工も得意とし、獅子や象、唐子といった古典のモチーフを新たな視点で生き生きと蘇らせています。
平戸藤祥五光窯(ひらどとうしょうごこうがま)
陶号「平戸藤祥」は、寛永14年(1637)、初代当主が平戸松浦藩御用窯・三川内皿山創設窯方五家の一人に加わった時に始まります。
高度な技術による極薄手磁器「卵殻手」を、完全手ロクロで制作する窯元です。江戸末期に西欧を魅了した極薄手磁器の技術と魅力を再現しつつ、辰砂釉や窯変、結晶釉、釉裏紅、天目、曜変など、伝統の染付にとどまらない幅広い制作にも挑んでいます。
みかわち焼が歩んできた400年の時間と、9つの窯元それぞれの手仕事。豆皿市で、お気に入りの一枚を見つけていただけたら嬉しいです。
